スイス家具メーカー ヴィトラが継承
篠原一男建築「から傘の家」
ヴィトラキャンパスへ移築
The Umbrella House by Kazuo Shinohara
A new building on the Vitra Campus
9.June 2022, Vitra Campus
1961年東京の地に建設された、篠原一男建築の住宅「から傘の家」は、諸事情を背景に、一般社団法人住宅遺産トラストを介し、スイスの家具メーカーであるヴィトラが継承することになりました。
篠原一男(1925-2006)は、丹下健三並び、20世紀後半に活躍したもっとも重要な日本の建築家の一人です。伊東豊雄や妹島和世など次世代の建築家にも大きな影響を与えた存在であるにも関わらず、国際的な知名度は決して高くありません。1961年東京の地に建設された、篠原一男独自のスタイルが確立された最初の建築とも言われる初期の名作住宅「から傘の家」が、数奇な運命を経て、ドイツのヴァイル・アム・ラインに位置する「ヴィトラキャンパス」に移築・再建されました。
Umbrella House, Vitra Campus, June 2022 © Vitra, photo: Dejan Jovanovic
Umbrella House, Vitra Campus, June 2022 © Vitra, photo: Dejan Jovanovic
「から傘の家」はその名前の通り、まるで傘のような特徴的な屋根の下、小さな家族が生活するには十分な空間をもつ正方形平面の木造住宅です。篠原一男は、日本の伝統的な民家や寺院といったヴァナキュラー建築に見られる要素を住宅建築に応用しました。例えば、「から傘の家」のピラミッドのような屋根は、かつては寺院などの仏教建築でしか見られないものでした。同時に、立面を構成する「繊維セメント板」のように、シンプルかつ比較的安価な素材をあえて使用しています。から傘の家の出現は、日本建築史における1960年代の衝撃的なできごとのひとつでした。
Umbrella House, Vitra Campus, June 2022 © Vitra, photo: Dejan Jovanovic
Umbrella House, Tokyo, ca. 1963-1964 © Akio Kawasumi
Umbrella House, Tokyo, ca. 1963-1964 © Akio Kawasumi
Umbrella House, Tokyo, ca. 1963-1964 © Akio Kawasumi
篠原一男は自身の作品を4つの様式に分類し、それぞれの様式において異なる問題に挑戦しました。1961年、東京都練馬区の住宅地に建設された「から傘の家」は、第1の様式における作品の中でもっとも小さく、現存する住宅作品の一つです。約55㎡の床面積に対して、キッチンとダイニング、リビングルーム、浴室・トイレ、そして寝室として使われた半畳の15枚を設置した伝統的な和室が納められています。畳の部屋の天井はフラットで、床はリビングよりも少し高くなっており、5枚の襖で仕切られていました。この襖に描かれた襖絵は、舞台芸術家・朝倉摂との共同によるものです。傘状の扇垂木の天井は空間をより大きく見せます。和室と屋根の間のロフトのような空間は収納スペースとして機能し、昇降のための梯子がかけられていました。また、オリジナルの家具は篠原一男と家具デザイナー・白石勝彦の共同によるものです。ヴィトラキャンパスでは、オリジナルの家具と復刻した家具の双方を組み合わせ、当時を再現しています。
「建築物の存続が困難でも、構造的に再建が可能であれば、移築という選択肢は理に叶っています。その場合、移築後も新たな場所の気候や環境に適応できる素材や構造である必要があります。『から傘の家』はその条件を満たしていたため、移築は比較的スムーズでした。篠原一男の『から傘の家』、安藤忠雄、SANAA、そして間もなく加わる田根剛、ヴィトラキャンパスと日本建築との繋がりはますます深まっていきます。」ロルフ・フェルバウム(ヴィトラ会長)
篠原一男
1925年静岡県生まれ。東京物理学校(現東京理科大学)で数学を専攻後、建築に転向し東京工業大学建築学科で清家清に師事。1953年卒業後、1986年定年退官に至るまで東工大の教壇に立ち、プロフェッサーアーキテクトとして、住宅を中心とする前衛的な建築作品を一貫して手がけた。ポスト丹下の戦後日本建築界のリーダーと目され、住宅論と都市
論を基盤とした国内外の建築デザインに多大な影響を与えた。2006年にこの世を去るまで、東工大教授の他、イェール大学客員教授、ウィーン工科大学客員教授などを歴任。2010年のヴェネツィア第12回建築ビエンナーレで、生涯の功績に対してメモリアル金獅子賞が贈られた。
から傘の家
篠原一男の6番目に発表された住宅。(1954年/久我山の家、1959年/同その2、谷川さんの家、1960年/狛江の家、1961年/茅ケ崎の家)。スカイハウス(1958年/菊竹清訓)とほぼ同時期の住宅作品として、この頃、戦後復興期が終わり、高度成長期が始まるスタート時点を示すメルクマール的住宅として知られる。日本の民家の土間が持つ空間の力強さを、から傘状に開く合掌の幾何学的な造形を媒介にして表現した作品。極度の住機能の単純化によって生まれる「無駄な空間」の内に建築の持つ芸術性が換気される住宅作品。
「『住宅は芸術作品である』という私の強い信念は、この小さな家への挑戦から生まれました。から傘のような幾何学的な構造とデザインにより、土間を含む、古くからある日本農家の家屋がもつ空間の力強さを表現したいと考えました。」
(篠原一男『新建築』1962年10月号)
次のページはドイツ ヴァイル・アム・ラインのヴィトラキャンパスでの移築の風景 >>>>
【基本情報】
1961年竣工
設計者:篠原一男
所在:東京都練馬区早宮1-38-3
構造:津下一英
家具:白石克彦、篠原一男
施工:渡邉建設事務所
家具設計:創健社青島商店天童木工
敷地面積:187.2㎡
建築面積:55.4㎡
構造規模:木造平屋
篠原一男設計から傘の家(1961)移築再建プロジェクト
Team Tokyo Tech
総合監修:奥山信一
プロジェクトアーキテクト:大塚優(協力:小倉宏志郎、本宿友太郎)
保存コンサルタント:住宅遺産トラスト、デイヴィッド・B・スチュワート
解体保存調査:山﨑鯛介(協力:木津直人)
解体・補修:小倉英世、渕田裕介/風基建設
Team Vitra
移築再建協力:クリスチャン・デリ、アンドレア・グロリムンド、 DEHLI GROLIMUND
現地プロジェクトマネージャー:クリスチャン・ゲルマドニク、Logad GmbH
所在:Vitra Campus Charles-Eames-Str.279576 Weil am Rhein Germany ⇒ map
(文:VITRA・Artek PR 制作-PR 制作部-3 / 更新日:2022.07.05)