デザインを考えるとき、過去から引用することは多いですね。それを効果的に活かすためには、その過去のものの持つ背景や思想についてより深く知り、考え、理解することが大切です。「もう一歩深く知るデザインのはなし」は、デザインに関する事柄からいくつかを取り上げ、その周辺や様々な背景について考えることで、読者の方々に「もっと知りたい」と思っていただくことを目指しています。
今回は、ともに産業革命に伴う時代の変化に抗ってものづくりの理想を守ろうとした「ウィリアム・モリス」と「柳宗悦」の思想についてです。
「アーツアンドクラフツ」とは
19世紀、ウィリアム・モリスがイギリスで起こした「アーツアンドクラフツ運動」。世界各国に影響を与え、その後のモダニズム運動の起源となりました。日本ではモリスに影響を受けた柳宗悦が「民藝運動」を起こします。しかしモリスと柳宗悦では、運動の理念や目指すデザインが全く違うのです。両者が「美」をどう捉えていたかを比較しつつ考えてみましょう。
もう一歩深く知るデザインのはなしvol.19/アーツアンドクラフツと民藝
産業革命がもたらしたもの
アーツアンドクラフツの生みの親、ウィリアム・モリス。彼は歴史を、特に中世の世界を愛しました。憧れを深める中、彼は「ジョン・ラスキン」という美術評論家の思想に出会います。ラスキンは、産業革命が推し進めた「分業」によって「人間そのものが分断され、自分一人で1本のクギを作ることすらできなくなった」といい、社会の変化に警鐘を鳴らしました。
もう一歩深く知るデザインのはなしvol.20/アーツアンドクラフツと民藝
歴史とは、名もなき人々の手の跡である
歴史を愛したウィリアム・モリス。彼にとって、「歴史」とは名もない民衆たちの労働や生活の跡の集積のことでした。そしてそうした「歴史」は、民衆が手作業で生み出す「装飾」に最も強く現れている、そこにある「美」こそ最も尊いものだ、と考えていたのです。これがモリスが機械化を憎み、手作業の尊さを叫んだ理由でした。
もう一歩深く知るデザインのはなしvol.21/アーツアンドクラフツと民藝
モリスを苦しめたデザインの理想と現実
ウィリアム・モリスの描く理想の生活とは、皆が「必要なものを、自分自身の手で創ることを楽しめる」生活でした。それは具体的には中世の社会を指しており、彼は中世の時代のものづくりを蘇らせることを目指したのです。しかし、時はすでに工業化や資本主義化が進んだ19世紀。商売のためには、ある程度分業や機械の使用に頼らざるを得ませんでした。
もう一歩深く知るデザインのはなしvol.22/アーツアンドクラフツと民藝
モリスの壁紙デザインのすごさ
モリスのデザインのキーワードは「歴史」のほかにもうひとつあります。それは「自然」。幼い頃森の中でばかり遊んでいたというモリスは、みずみずしい植物を図案化したたくさんの壁紙を制作します。それらは、モチーフの繰り返しを意識させないよう注意深くデザインされ、そのためまるで本当に上へ伸びていくかのような生命感を感じさせるのです。
もう一歩深く知るデザインのはなしvol.23/アーツアンドクラフツと民藝
「民藝」の思想とは
アーツアンドクラフツ運動に触発され、日本では柳宗悦が「民藝運動」を起こします。しかし彼は影響を受けたはずのモリスのデザインを「見るに耐えない」と酷評しました。柳は「何も考えずに作られたものの中にこそ、無駄のない美しいものがある」と説いたのです。これは「人間が手作業で工夫して作ったものが美しい」としたモリスとは全く違う考え方です。
もう一歩深く知るデザインのはなしvol.24/アーツアンドクラフツと民藝
柳宗理が残したもの
「普通の人が無心に手を動かして作るものが美しい」という民藝の思想は、日本におけるデザインを考える上でとても重要です。しかし産業構造が変化した今、ものづくりは機械による大量生産が圧倒的。質が高いとはいえないデザインが溢れています。今後のものづくりに、かつての民藝のような理想を呼び戻すことはできるのでしょうか。それを本気で考えたのがプロダクトデザインの巨匠、柳宗理です。
もう一歩深く知るデザインのはなしvol.25/アーツアンドクラフツと民藝
この記事は2012年に掲載した「もう一歩深く知るデザインの話」をシリーズごとにまとめたものです。
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(文:maki / 更新日:2016.02.11)