メッセージ
写真右)宮城県、石橋屋にて Photo: Masako Nagano
佐藤 卓/グラフィックデザイナー
「永い年月、厳しい自然と折り合いをつけながら、生活のために伝承されてきた東北に残る食と住から、私達はこれからのために、今、何を読み取ることができるだろうか。伝承とは、先代のやっていることを最初は見よう見まねで身体で覚え、熟達したものが次の世代へと引き継がれていくこと。そこには、つくり方のマニュアルもなければ、手ほどきもない。その家に生まれたら、それをすることが宿命だと自分に思い込ませ受け継いでいく。今、残っている素晴らしい手仕事を褒めたたえることは容易いが、どうしてこの地域に残ってきたのかを掘り下げ、そしてその精神をなんとか未来に残していく方法を探らなければならない時がきている。なぜなら、その永い間受け継がれてきた日本のものづくりの精神が、近代の合理主義により急速に消えつつあるからだ。この展覧会で、少しでも東北に残る日本のアノニマスなもの達に接していただき、日本のものづくりを今一度考えるきっかけにしていただければ幸いです」
写真右)青森県、青森資材にて Photo: Masako Nagano
深澤直人/プロダクトデザイナー
「すだれのように吊り下げられた数千本の干し大根。天にも届きそうなくらいに積み重ねられたリンゴの木箱。やわらかく煮るために一つ一つ手鎚でつぶされる大量の豆。すべては人間の手の動きと自然が織りなした東北の生活のテクスチャーであり、生活に刻まれたリズムである。自然と季節の力を借り、それも無駄のない一つの道具として授かり、日々の恵みとして蓄え続けて行く様。この停まることのない緩やかな循環が東北の人の生きるペースである。この生活には『テマヒマ』がかかっている。しかし穏やかで強く、迷いがない。このペースは自然と共生して来た長い経験によって、エコロジカル(生態的)な営みに同期し破綻がない。『テマヒマ』をかけるものづくりは常に『準備』である。その営みに終わりはないし完成もない。しかしその『テマヒマ』が生み出すリズムが、行く先を見失いかけている今の人間のペースを穏やかに緩和し、大切な何かを明示し、焦りの心に一つの糧を与えてくれるような気がしてならない。訪ねる東北の先々で必ず同じ質問をしてみた。『なぜもっと楽に、合理的な方法でやろうとしないんですか?』と。返事は、『??…?……。無理をしないってことかなぁ』と。『無理』は循環を壊してしまうことを意味している。粘り強く淡々と繰り返される一見単純そうに見える作業が、穏やかで豊かな生活の循環を生み出している。『テマヒマ展』にその空気を持ち込めるだろうか。急ぎすぎて混迷する現代を救う啓示に満ちた生活の美を持ち込めるだろうか。東北には今、人が見失いかけている真の豊かさの定義と、飾らない美の真髄が潜んでいると確信している」
奥村文絵/フードディレクター
「本展のために東北の山、海、里を巡って、美しく厳しい自然を肌で感じることができました。強く印象に残ったのは、この厳しい条件で生きるために、世代から世代へ、手から手へ、口から口へ、東北の人々が受け継いできた暮らしの知恵と工夫です。そして書き留められることもなかった食べ物の多くはいま、ものが溢れる現代社会のなかで居場所を失いつつあります。東日本大震災によって食品売り場から製品が消えたとき、目の当たりにしたのは、自分の手で料理をするという単純な営みが、温もりと希望をもたらす光景でした。当たり前だと思い込んできた食の営為、その未来を考え直すうえで、東北の知恵と工夫は懐かしさを越えて、実に多くの示唆に溢れています。本展でデザイン的視点から料理した手間ひまをじっくりと味わっていただき、私たちの未来と生き方に、新たな息吹を吹き込む手がかりとなれば幸いです」
川上典李子/ジャーナリスト
「自然への畏敬の念と、冬の準備。風土を反映し、素材づくりに始まる制作。昨年開催した『東北の底力、心と光。「衣」、三宅一生。』の際、私自身、日本のものづくりの叡智を学びました。今回、『食と住』に焦点を絞って制作の現場を改めて訪ねる過程で再び感じたのは、気負いなく地道に作業に向かう人々の姿であり、工夫の数々です。今回もすばらしい方々と出会うことができました。人間の文化史の現われである、ものづくり。素材を熟知したスペシャリストの存在があります。経験のうえで“勘”が活かされ、さらに独自の工夫も始まっています。と同時に出会うのは、後継者不足の課題により、伝えられてきた手仕事のいくつかは近い将来に消えてしまうかもしれないという現状です。東日本大震災の影響も依然として横たわっており、長く生き続けてきた『東北の食と住』の精神に改めて目を向けることの重要性を感じずにはいられません。手や身体を動かし、作業の反復という時を重ねることで蓄えられてきた“知”。誠実なデザイン、信頼できるものづくりをいかに実現できるのか、さらには生活とは何かを改めて考えるべき今、『東北の食と住』は、現代社会が抱える様々な課題を示すと共に、我々に多くのことを気づかせてくれます。本展をふまえ、さらに多くの方々と、私たちの生活の今後について語りあっていきたいと考えています」
トム・ヴィンセント/クリエイティブ プロデューサー、ナレーター、TVプレゼンター
「数年前から『地域活性』という言葉が注目され、各地の課題に取りかかる人が増えました。しかし日本に限らず、過疎化、高齢化社会、資源の不足と自立性、伝統文化の消失など、地方の町が抱える課題は先進国共通の問題となりつつあります。本展の映像は東北地方の現状のほんの小さな、一部の記録にすぎません。人々の『テマヒマ』は美しく、その『美』に出会うと同時に、背景にある日本社会の厳しい現状や、全世界に通じる多様な可能性が隠されていることに気づくきっかけになれば、何よりも嬉しいです」
山中 有/映像作家
「奥会津の九十歳になる、マタタビ編み細工職人・五十嵐文吾さんは静寂の中、一日ひとりきりで仕事している。でも孤独ではない。なぜならば口ではなく、手が常に忙しく饒舌に編み細工と対話している、そんな風に感じた」
西部裕介/フォトグラファー
「レンズ越しに職人の作業を見つめると一定のリズムが見えてくる。それは『反復』『羅列』『一定』などのリズムであり、出来上がった製品には、多分にデザインの要素が含まれていた。そして新しい『テマヒマ』を写真で表現できればと思う」
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(文:21_21 DESIGN SIGHT / 更新日:2012.05.09)