『京の温所(おんどころ)』ロゴデザイン
【レポート】
ワコールが提案する京の旅
宿泊施設『京の温所(おんどころ)』で過ごす
もう一つの日常
株式会社ワコールは、京町家を活用した宿泊施設(※1)『京の温所(おんどころ)』一件目を2018年4月末にオープンさせます。
『京の温所』のネーミングとコンセプト、ロゴデザインの監修を、ファッションブランド「minä perhonen(ミナ ペルホネン)」のデザイナー 皆川明氏、ロゴマークの制作や施設のコミュニケーションデザインには、アーティストの望月通陽氏とデザイナーの山口信博氏が担当。設計には、京町家のリノベーションを多く手掛けている建築家や住宅設計をはじめ家具デザイナーとしても活動する建築家 中村好文氏(※2)などが携ります。
※1 本事業の宿泊営業は、旅館業法上の許認可をえた簡易宿泊所営業に該当します。
※2 設計者は物件ごとに異なります。中村好文氏は、2018年夏以降にオープン予定の2、3軒目の宿泊施設に関するディレクション業務と設計を担当。
昭和初期、町家は全国どこにでもありましたが、高度経済成長期から、バブル経済期以降、全国の多くの伝統的な町家が壊され、歴史的な町並みが経済価値優先の流れの中で失われていきました。京町家もその流れで減少していきました。ですが、東京のような太平洋戦争の無差別爆撃による焼失で多くが失われることがなかったため、早くから観光や不動産資源として保存・再生の仕組みや政策の行政指導で、他に比べれば比較的残存しています。
しかし、別の問題があります。2016年、京都市が市内全域を対象に京町家の実態調査を行った結果約40146件町家が残存しているのですが、うち14.5%が空き家です。老朽化や住人の高齢化が主な理由で、所有者は「できる限り残したい」との思いを持つ一方で、相続税の負担や維持改修費用などの問題で個人では維持できないのが現状です。
そこで京都と共に70年以上にわたり歩んできたワコールは、グループ会社の株式会社ワコールアートセンターが運営するスパイラルと連携して京町家を活用した宿泊施設をオープンすることになりました。このプロジェクトはワコールが京町家所有者から借り上げて宿泊施設として運営しながらリニューアル費用などの維持改修費用を年月をかけて回収していくシステムです。賃貸借期間終了後は所有者に住宅として戻します。ワコールは数字目標として3年後に20軒、5年後に50軒を掲げており、所有者返却は10年から15年後を目安としています。
| 京町家とは~
京町家というとどんなイメージを抱かれますか。平安京の町割りを下敷きに中世、近世を経て伝統工法の優れた技術の集まりの都市住宅が京町家で、洗練と完成された京都の町並みをつくり上げてきました。
京町家は、間口が狭く奥に長い建築が多く、光を採り入れ、中からは外が見えるが外からは中が見えにくい格子の外観や、玄関(店庭)から裏庭までの土間の部分を「通り庭」「走り庭」「坪庭」「裏庭」と途中途中に小規模な中庭があるのが特徴です。「井戸」や「添水」など趣のある庭や、室内には「水屋」(作り付けの食器棚)や「箱階段」も残されていて、庶民文化を垣間見ることができる歴史的建造物です。隣りあって住むなかで培われた作法、四季を愛でる工夫や年中行事、そのような古きよき日本の都市の生活と文化を継承する受け皿が京町家です。
| トークイベント
その情緒豊かな空気感が味わえる宿泊施設『京の温所(おんどころ)』のオープンを前にして、デザイナーの皆川明氏と、建築家 中村好文氏によるトークイベントが先だって東京青山のスパイラルで開催されました。
左から 株式会社ワコール西村良則氏 中村好文氏 皆川明氏
中村好文氏は日本を代表する建築家。日本大学生産工学部 建築工学科研究所教授で教育者である中村氏は住宅を多く手掛けられています。木造建築の大家吉村順三設計事務所に1980年まで勤務後1981年に自身の設計事務所レミングハウスを設立。
レミングハウスからは多くの建築が生み出され、代表作は「三谷さんの家」「上総の家」「美術館 as it is」「伊丹十三記念館」「Hanem Hut」。また著書も多く、「住宅巡礼」「住宅読本」「住宅巡礼・ふたたび」「普段着の住宅術」「中村好文 普通の住宅、普通の別荘」「中村好文 小屋から家へ」「暮らしを旅する」「普請の顛末」などがあり、『パン屋の手紙 往復書簡でたどる設計依頼から建物完成まで』は海外でも翻訳され厚い読者層を持ちます。
皆川明氏は、ファッションブランド「minä(2003年よりminä perhonen)」のオーナー兼デザイナー。「minä perhonen」は、独自のストーリー性をもつスケッチや絵から、織や刺繍、プリントなど、多様な技術を用いたオリジナルデザインのファブリックから生み出されているファッションブランドです。日本のみならず海外でも高く評価されています。近年はファッションの領域を越え、インテリアファブリック、家具やテーブルウェア、ステーショナリーなどプロダクトでメーカーとのコラボレーションプロジェクトも多数あります。
minä perhonen:http://www.mina-perhonen.jp/
2013年マルニ木工とコラボしたHIROSHIMAアームチェアの座ファブリック「ふしとカケラ」
そんなお二人が関わる京都・岡崎エリアにオープンする一軒目の『京の温所(おんどころ)』 は完成が待ち通しい宿泊施設ですが、どのような施設になるのでしょう。
『京の温所(おんどころ)』は─―ひとつの旅が暮らしの深呼吸のように感じられるひととき、いつもの日常を京都という文化や環境のなかで過ごすことで、日常の安堵感と旅の開放感や特別な体験ができる宿。滞在する人たちが集い、心安らぐあたたかな時間を共有することで生まれるもうひとつの日常─―がコンセプトです。
二人は長年の友人で、北欧や東欧、ベネチアなどを一緒に旅に出掛けたときのことや各々自身の旅の経験をもとにおしゃべりをしながらプランニングしているとのこと。京都には錦市場という京都人の胃袋を満足させる市場がありますが、錦市場で買い物をしてそれをみんなで調理して楽しめる台所は必須で、擬似的に住まいになれればいい。もちろん旅行は非日常ですが、“ケのなかにあるハレ”、つまり、日常につながる非日常の中で、文化が見えてくる部屋にもてなされ、しぐさや行為が温かくいい気持ちになり、受動的ではなく能動的に旅人が何かしたくなることで喜びを感じる滞在型の宿泊所にしたいとのことでした。
『京の温所(おんどころ)』の具体的なプランの話はこれくらいで、あとは、お二人の気さくな楽しい旅の話で終始しました。
| 生活を楽しむ旅
滞在型の旅というと日本人はあまりなじみのない休暇の取り方ですが、ワーク・ライフ・バランスや働き方改革という言葉が飛び交う日々、これからは長期休暇を取得し旅先で生活を楽しむことが普通になっていくのではないでしょうか。
『京の温所(おんどころ)』は京町家の一軒家の宿泊施設です。今回の一軒目は最大6名収容ですが、今後展開する物件では10名以上滞在できるところもあるとか。長期滞在を目的に2~3世帯や他家族が途中合流などもできるフレキシブルな使い方も可能です。別に暮らしているためになかなか顔を合わせることができない家族が、京都で合流する旅も乙なものです。
訪日客が「2020年までに2000万人」だった政府目標が、2016年に前倒しで達成されるほどの勢いが続いている「観光立国」日本ですが、これからも着実に進展し増え続けます。日本を訪れる観光客の増加は円安やビザ緩和、LCCの就航など日本の渡航の垣根が低くなったことも理由として考えられますが、日本の美的感覚「わびさび」も外国人観光客の間で理解が深まって、京都の和食や寺院が根付いた伝統文化芸能を味わうのを目的とした観光も多くなっています。静寂の中に喜びを見いだし、繊細な感性を重んじる日本文化。これを磨き上げて、高い精神性を身につけたい人が日本に魅力を感じています。
これは耳にした話ですが、東日本大震災のとき日本人の秩序ある冷静な行動は、どこで培われるものなのか興味をもっている人たちがいるとのこと。言語外の空気を読み、たおやかに、ゆるやかに、ゆったりと対処するそんな日本人の生活を垣間見たいと考える訪日客も多く、その夢を叶えるのが京町家の宿泊施設です。もちろん、日々をあわただしく過ごしている日本の方々も心安らぐあたたかな時間を共有することができます。
具体的な施設のプランは2018年3月下旬ごろオープンの『京の温所(おんどころ)』オフィシャルサイトで公開されます。続けて宿泊予約受付もスタートし、施設のオープンは4月下旬を予定しています。
お問合せ先
1.お電話でのお問合せ
株式会社ワコール お客様センター フリータ゛イヤル 0120-307-056(平日:9:30~17:00)
2.メールでのお問合せ
kyo-ondokoro@wacoal.co.jp
3.「京の温所」公式サイトでのお問い合わせ
http://www.kyo-ondokoro.kyoto/
・スパイラル
1985年のオープン以来「生活とアートの融合」をコンセプトに活動をしているスパイラルは、館内において現代美術やデザインの展覧会、ダンス公演など極めて同時代性が高く、またジャンルを融合するようなアート・イベントを数多く送り出しています。また、クリエイティブネットワークを活用しながら、アーティストと協働しながらアートの実社会への応用を目指し、国内外でさまざまなプロデュース活動を展開している。
http://www.spiral.co.jp/
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「京の温所」公式サイト
http://www.kyo-ondokoro.kyoto/
(文:KEIKO YANO (矢野 恵子) / 更新日:2017.12.29)