【コラム・レポート】
IKEAとミレニアル世代
ヴァージル・アブロー&IKEA コラボレーション
プレローンチイベント「STILL LOADING」
「より快適な毎日を、より多くの方々に」をビジョンとするスウェーデン発祥のホームファニッシングカンパニー イケア・ジャパンは、2018年12月15日(土)、デザイナーのヴァージル・アブローとIKEAによるコラボコレクションのプレローンチイベント「STILL LOADING」を開催。会場の東京品川天王洲の寺田倉庫では、ヴァージル・アブロー氏来日参加で午前はプレス内覧会&トークイベント、午後はイケア会員「IKEA FAMILY」限定のトークイベント&先行販売が行われました。
このイベントはパリに続き東京での開催で、2都市のみ予定です。
来年(2019年)11月発売の限定コレクション「MARKERAD(マケラッド)」のプレローンチという位置づけで開催された、ラグコレクション「STILL LOADING」のイベントから、ミレニアル世代に向けてのIKEAの新たな挑戦を紹介します。
現代アートインスタレーションのような会場
午後のイベントで先行発売される4種類のラグは、1万円台から3万円以内と従来のIKEA価格ですが、「STILL LOADING(ただいまロード中)」と名づけられたユニークな数量限定のコレクションで、展示会場は現代アートのインスタレーションのようでした。
午前のプレス内覧会では近隣アジアのメディアも大勢来日。注目のプレローンチです。
天井にラグを張り、床のミラーで反転展示。
ストレンジカーテンの奥にラグを展示。
プレローンチ & トークイベント
当日はこの日のために来日されたイケアのクリエティブリーダーのヘンリック・モスト氏、「OFF-WHITE c/o VIRGIL ABLOH」のファンである、ミュージシャンデュオ「コブクロ」の黒田俊介氏もゲストとして参加でのトークイベントも開催されました。
左から ヘンリック・モスト氏 ヴァージル・アブロー氏 黒田俊介氏
ヴァージル・アブロー氏とIKEAとの出会いは、初めてIKEAがファッションとのコラボレーショで「GILTIG/ジルティグコレクションを発表した2016年のミラノファッションウィーク。ヴァージルと出会った時の気持ちをヘンリック氏は「ルネサンスのような人間だと感じて一目惚れ。一緒に何か作ろう」とその場でアプローチしたそうです。
ヴァージル・アブロー氏も、「IKEAは前々から魅力な企業だと思っており、子供のチャリティやより多くの人に届けられるデモクラティック(民主的)なモノづくりに興味がありました。デモクラティック(民主的)は私とって重要です。」
ヴァージル・アブロー氏は、ストリートファッションのハイエンドブランド「OFF-WHITE c/o VIRGIL ABLOH」の創業者として知られています。2018年3月には、LOUIS VUITTONのメンズ・アーティスティック・ディレクターにも就任しました。LOUIS VUITTONとIKEAというと一見対極している感じですが・・・の質問に「どちらもビッグブランドで、モノづくりに自信を持っているクラフツマンシップがあります。お互いは違うように見えて、実は共通する要素が多いです。価格の差でデザインや時間に制約がかかることもあるかもしれませんが、それは話を重ねることで解決できることです。」
一方ヘンリック氏は「ホームファニシングがファッションと違うところは時間。市場に製品を出すプロセスは開発や試作、安全のための検査で最低でも2年の期間が必要」と。
ラグに“声”をあたえたコンセプチュアルなコレクション
大学院で建築学を学び、博士号を取得したヴァージル・アブロー氏。卒業後はいったん建築関係の会社に就職を経験しますが、ファッションとカルチャーが混ざり合う領域でのアートディレクションに興味があった彼は、ともにシカゴ出身で、最初は友達同士の仲だった音楽プロデューサーであり、ミュージシャン・ヒップホップMCのカニエ・ウェスト氏の裏方で様々なことに挑戦していきます。建築を学んでいた彼の才能を見抜いたカニエ・ウェスト氏は、ツアーの物販、アルバムカバー、ステージデザインまでを依頼し、のちにカニエ・ウェスト氏が設立したクリエイティブエージェンシーのクリエイティブ・ディレクターに就任します。
いろいろな才能を見せるヴァージル氏は「今回のラグは部屋に敷く機能的に使うアイテムであることはもちろんですが、それぞれの背景にあるコンセプトを読み取って壁に飾るアート作品としてもお薦めです」と話されていました。
「今回はラグに“声” を与えたかったのです。人の声を聞くことでコミュニケーションが発展しますから。このラグには、私の声を込めました」
その言葉通り4つのラグには“声” があります。
山の風景に、おそらく今回のイベントのタイトルにもなっている”STILL LOADING(ただいまロード中)」”という文字が映し出されるという過程の永遠に“未完成”のラグ。ネットのスピードが遅いとき、画像がうまく読み込めない様子を表している。デジタルの感覚を手で触る物質に転写。想像力があってこそ初めて全体像が見える。
「“GREY”ラグは、知覚をくすぐる遊び」(by ヴァージル・アブロー)と説明文が・・・
リビングルームは生活するための部屋なのに、まるで暮らしを展示するガラスケースのような場所になっているというヴァージル氏のインテリアに対するアイロニー? 置いてあるラグの上も歩かないでほしいということで“KEEP OFF”
オレンジ色のラグに“BLUE”という文字をブルー色で転写。天井に張付けて床のミラーで反転させるというユニークな展示。ラグは床に敷くだけのものじゃない!天井に張ってもいい!ラグがあるべき場所は床なのかそれとも壁なのか?ラグって結局はタペストリーでそのものが逆らう要素。これはコンテンポラリーアートである。
午後からは、イケア会員「IKEA FAMILY」対象のトークイベント&先行販売を開催されました。当日の限定入場に会員500万人から1万人以上の応募があり、約150人が当選。購入はその中からさらに抽選で100人だけという狭き門でした。次の日、全国のイケアストアで限定1000本用意されたラグは発売後即完売。
デジタルプリントで転写されたタイポ文字が載ったラグは一瞬で幻のコンテンポラリーアートになりました。
来年発売の限定コレクション「MARKERAD(マケラッド)」のプロトタイプも発表
IKEAは今回先行発売された4種類のラグコレクション「STILL LOADING」をプレという位置づけで、来年(2019年)11月に限定コレクション「MARKERAD(マケラッド)」を発売予定。そのプロトタイプも発表されました。「MARKERAD(マケラッド)」はスウェーデン語で、強調されたという意味でミレニアル世代が初めて暮らしをする時の部屋をイメージしてつくられたコレクションです。
BED
ソファーとしても使える高さの低いベット
「WET GRASS」という文字がタイポされたドライなグリーンのシャギーラグ。
ライトにもなるモナリザ風の絵画プレートや、IKEAが推進する見せるインテリアの、ガラスケースに入ったバスケットシューズが目を引きます。
MIRROR
エモーショナルな歪みを表す要素として屈折特性を取り入れたミラー。分裂した鏡に映るのはスキゾイドに分裂しながらも詩的に増殖する自分像。
TABLE
50年代のスカンジナビアン・モダニズムにインスパイアされながら、高級志向の逆をいく軽量構造と素材を採用することでモダンな外観を損なうことなく、コンテンポラリーかつデモクラティックで手の届きやすい価格のテーブルを実現。
CHAIR
19世紀に大工が作ったという由来をもつスウェーデンの民芸椅子「Pinnstol(ピンストリール)」への、現代的かつミニマリスティックなオマージュ。その足にドアストッパーをつけるという秩序破りの意表をつく遊び心。
エモショナルな歪みを表す要素として屈折特性を取り入れたミラーや、歴史ある家具をさらにアップデートしようと伝統的な椅子にドアストッパーを取り付けたデザインなど、家具が単なる実用性だけのものではなくユーモラスなアートピースになりました。
ミレニアル世代とは1980年代から2000年代初頭までに生まれた人をさして、2008年のリーマン・ショックでの金融危機などで格差の拡大、気候変動問題などが深刻化する厳しい社会情勢のなかで育ったことから、過去の世代とは異なる価値観や経済感覚、職業観などを持っている世代といわれています。日本では晩婚化や出生率低下が社会問題として取り上げられていますが、アメリカでも平均初婚年齢や親との同居率は歴史上でもっとも高いといわれている世代です。親世代よりも遅く結婚し、従来とは異なった家庭を築いていろんな面で型破りな世代。様々な価値観が潰され今世界をかき乱している世代。それがミレニアルの若者像です。
一方、10代のころから、恵まれた情報通信や急速に普及したデジタル機器の恩恵を受け、欲しい情報を瞬時に得られる環境やオンラインショッピングなどが続々と整備されるなかで育った初めてのデジタルネイティブ世代です。SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)などを通じ、友人との共感を重視したコミュニケーションが定着しており、モノよりも経験や体験、他人の共感や評価を重視する意識が強いともいわれています。
「MARKERAD(マケラッド)」展示の会場でフォトセッション
「簡単にモノを買わないこの世代の商品開発は難しく、『なぜそれなのか』という価値創出が若い世代にとっては特に重要。そのために実用性だけではなく、家具のひとつひとつにも愛着と高揚感を持って欲しいという意図を込められて今回のコレクションをデザインしました。椅子に椅子以上の価値をもたせたい。その人にとってのお気に入りのスニーカーと同じ価値を椅子に与え、買う人がなぜそれを選んだかを大事にしたい。自分が初めて音楽CDを買ったときの気分、最初に家具を買ったときの印象を思い描きました。今回の家具は、彼らが愛するスニーカーと同じ価値をもつはずです。」とヴァージル氏。
IKEAのミレニアル世代に向けての新たな挑戦はすでに始っている
デザイナーと大企業ブランドとのコラボは話題を呼び、新たな価値観の創出と顧客層開拓を促します。
IKEAは今回のコレクションだけでなく、2016年のミラノファッションウィークで発表した「GILTIG/ジルティグコレクション」を皮切りに、ロサンゼルス発のストリートブランド「STAMPD」を主宰するクリス・スタンプ、ハリウッドで活躍するファッションアクティビスト、Bea Åkerlundらと精力的にコラボレーションを続けています。
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・ハリウッドで活躍するファッションアクティビスト、Bea Åkerlundとのコラボレーションによる新コレクション「OMEDELBAR/オメデルバル」
IKEAグループは、世界49カ国で403店舗を展開し、2017年度の総売上高が383億ユーロ(約5兆800億円)となる、世界最大の家具・インテリアのブランドです。ですが、世界的に若者が都市部へ移動しており、若者のクルマ離れが加速しています。そのため、郊外にある大型店舗の客数は伸び悩んでいます。郊外の大型店舗戦略のIKEAも例外ではありません。IKEAは2015年から、今回のようなデザイナーとのコラボレーションや世界各国の都市部で小型店舗、期間限定の「ポップアップストア」のテストを行っています。2017年4月からオンライン販売を開始でECに出遅れていた「デジタル戦略」を充実させ、日本でも2020年に原宿駅前に小型店舗のオープンを発表しました。
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都市部に店舗を構えることでいままで頻繁に足を運べなかったミレニアル世代も、彼らに人気のデザイナーと精力的にコラボしてゆくIKEAを、安いから買う商品ではなく、ほしいと思った商品がIKEAにあるから買いにいく店舗として再認識するのではないでしょうか。価格だけで購入しないと言われるミレニアル世代消費者にとって、欲しいと思った商品が安ければこの上なく喜ばしいことです。
IKEAはこれからも富裕層向けビジネスではなく、「フラットパック」によって「誰にでも買える価格の商品」を開発して、「より快適な毎日を、より多くの方々に」提供するビジョンはぶれることなく、変化をおそれず常に未来に挑戦し続けていく企業です。
この世界的な企業のミレニアル世代に向けての新たな挑戦はすでに始まっているようです。
(文:KEIKO YANO (矢野 恵子) / 更新日:2018.12.30)